人々の闘い
明確な理由のない解雇通告

倉庫会社勤務名古屋彰(54歳)
 
■解雇通告
私(五四歳)が倉庫業の会社に入社したのは、この会社を創設した故会長と二〇年来の付き合いがあり、また、知人であるこの会社の顧問税理士に、前の会社を辞めたいと相談したのがきっかけで、すすめもあり入社することになりました。それ故、会社の発展のために他の社員以上に責任を痛感し、過去三年七ケ月業務に邁進し得意先並びに出入り業者の方々との接触に充分配慮しながら仕事を誠実にやってきたつもりです。ところが、昨年の九月に突然解雇を宣告されました。その後、納得できないので二回社長と面談しました所、経営上の問題はない,あくまでも小さな会社に向いていない、コミュニケーションに欠けている等事由にならな
い理由でした。
それに対して憤りを感じ、なんとか対応策をと考えていたところ、偶然にも、テレビで、管理職ユニオン・関西の存在を知り、運命的なものを感じ、電話をして事務所を訪問し、私の解雇通告までの経過、社長との面談の話をしました。そして、ユニオンの姿勢や闘い方のお話を承っているうち非常に勇気づけられ、充分戦える、勝てるとの印象を持ち、今後、強気で行こうと決意致しました。
 
■解雇撤回、現状回復,
一回目の団交では、仲村書記長に同席して頂き、解雇撤回現状復帰を前提に話し合いました。会社側の解雇事由は、今までとだいぶ異なり、独断で仕事をする、二日酔いでの出勤が多い(事実に反する)等と、変化してきました。その説明に対して仲村書記長から会社への返答は,事実はともかくとして「この程度の理由では解雇できない、裁判しても会社側は不利、勝てない」との力強い説得があり、私自身心強く思い、引き続き気持ちを新たにし対応していこうと思いました。その時、はじめて気付いたのは、私を辞めさせたいのは、社長本人より女性事務員(二〇年以上勤務)の圧力を感じました。この間、これはお芝居ではないか,夢ではないかと、いろいろ思いを巡らしながら過ごしてまいりました。裁判も辞さずとの気持ちで,第二回目の交渉に入りました。
この頃、既に会社側に弱気の姿勢が見受けられ、圧力も少しずつ暖和しっつありました。思惑通り、会社の結論は解雇撤回、現状復帰。この団交の席で社長から「他社員と上手にうまく仕事をしてほしい」との要望があり、私も、至らない点は反省し、社長と顧問税理士の立場も考えて引き下がり、とりあえず事を納めた次第です。しかし、心の中で解雇という重い言葉を軽々しく口にされた現実を思い起こすと、今でも納得できません。
私にとって、会社に復帰するのは当然のことであって二人ではどうすることもできなかったと思います。勝ち得たものは、ユニオンに出会い仲間に入れたということです。今では、少々いやがらせがあってもゆとりを持って対応できるようになりました。

 
私たちは、あらゆる不公正・いわれ無き格差と戦います。