人々の闘い
リストラはしないと宣言していた会社が

ホテル料理長山崎昇(54歳)
 
■ 労働者の力にならない弁護士
本当に他人事だと思っていました。”リストラ”という言葉は、テレビや新聞で目にしたり聞いてはいましたが、まさか自分がその渦中に身を置くことになろうとは、夢にも思いませんでした。
私が会社から一月二〇日付の解雇を言われたのは二月一六日のことでした。その前々日の一月一四日には、会社の社長や取締役らそうそうたるメンバーが揃って、私の勤務するホテルで新年の決起会が行われました。その場で社長は、我が社はリストラなどしないと断言していたのです。
その翌々日に私は給料が高すぎるという理由で、解雇を通告されました。納得のいかない私は、知人の紹介で「弱い者の味方」と言われる弁護士を尋ねました。全く話に応じない会社に対して、何らかの力になってもらえると思っていましたが、弁護士の口からは、「世間ではよくあることです。時間とお金(弁護士料)の無駄ですから、次の就職先を早く探した方が賢
明です」という言葉でした。何万円という相談料は、どぶに捨てたようなものでした。
途方に暮れていた私とは別に、妻が〝管理職ユニオン・関西〃いう組織を友人に教えてもらったので、行ってみようと出掛けました。同情してくれる友人はいても、結局誰も力にはなってくれない中で、管理職ユニオン・関西の仲村書記長の、「それは完全に不当解雇です」という言葉は、どれだけ心強かったことか
 
■}生活保証金を勝ち取る
一月二五日、ユニオンの組合員になってすぐに、東京の本社宛に組合加入通知書と解雇問題に対する団体交渉の申し入れをしました。二月九日には第一回目の団交の場が大阪で持たれ、仲村書記長ほか二名の交渉委員の方、そして私の四人でのぞみました。会社側の解雇理由・言い分には、腹の底から怒りがわきました。
それは、
一、献立表と中味のすり替えに対して
二、品質管理とクレーム対策
三、割高仕入
四、料理の不評による売上低下
五、勤務態度
と文章まで用意しており、それは私を陥れようとした支配人の一方的報告を書いたものでした。交渉委員の方々にはかっとなった私の反論をホローしていただきました。見事なまでの組合の反撃に、私は心の中でこれは「勝てる」と実感しました。私は、会社に残る気はありませんでしたが、会社の理不尽なやり方を絶対許す気にはなれませんでした。
その後、会社は弁護士を通して退職条件を引き出そうとしてきました。三月九日、第二回目の団交が東京で行われました。書記長と東京管理職ユニオンの方と私でのぞみましたがへ私を辞めさせようとした張本人の専務の横着な態度が原因で交渉は決裂しました。しかし、株主総会の行われる四月一日に本社前での抗議行動ビラまきの争議通告を、事前に会社にビラ原稿をFAXで流したところ、会社の態度が急に譲歩姿勢に変わったのです。
その後は仲村書記長と会社の取締役総務部長との間で、退職金や生活の保証金などの話し合いが持たれ、私の要求も提示し交渉を進め、四月末で生活補償金を勝ち取り満足いく内容で、円満退社という形で退職しました。
リストラで退職に至ったことは、もちろん本意ではありませんが、もしユニオンの組合員になっていなかったら、きっと会社の思いどおりの退職金さえもなく、泣き寝入りしていたでしょう。いえ、方法がわからず、そうならざるを得なかったことでしょう。たった三ケ月間で解決できたことも驚いています。失業率がどんどん増える今、ユニオンのことを知らずに泣き寝入りしている人が、ほとんどでしょう。ユニオンに加入できた私は、ある意味で管理職ユニオンに出会えてラッキーだったと思います。

 
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