人々の闘い
四割減給、不満なら退社せよ

安川行信(51歳)
 
■業績の低下
「君の売り上げは給与に比べ少なすぎるので、来月から給与は四〇パーセントの減額。それに不満があれば辞めていただいて結構。八五歳になる創業者の会長から退職勧奨ともとれる一方的な通告を受けたのは、五一歳まであと一週間余りとなった今年の三月でした。
私以外の減給対象者は社歴が私より古い幹部社員四名で、減給率は約数パーセント。四〇パーセントもの大幅な減給は私一人だけでした。ここ二・三年会社の業績が大きく低下していることは私も理解していましたが、私一人だけを狙い撃ちにしたような話です。
入社以来一〇年間業界向けのコンピユ-タ-システムの販売を担当していましたが、昨年八月特販部に配転されました。特販部は四年位前にできた脱臭や除湿の商品を販売する部署ですが、商品は殆ど売れず何人もの営業マンがクビ同然に辞めていきました。今から思えば配転自体が
リストラだったのかもしれませんが、ワンマンオーナーの配転命令に逆らえる訳もなく、頑張るしかありませんでした。
自分なりに努力して三月の決算時には月商は上半期の数倍になりました。しかし会長としては自分の指示を無視して、脱臭や除湿以外の商品が私の売り上げの大半を占めるのも気に入らないということです。商品の品質、価格、包装など商品企画について何度も提言を繰り返したのですが、創業者で八五歳のワンマンオーナーは社長以下誰の意見も聞かないのです。社歴五〇年余り、社員は関連二社を含め約八〇名、バブル期には年商八〇億を超える会社でしたが、実態は前述のように個人商店そのもの。創業オーナーの考えが会社の憲法。昇給、賞与,昇格、営業方針、すべて会長の考えがすべて。転職を重ねた後の四〇歳での入社だったの
で,中小企業のサラリーマンはどこもこんなもの、仕方ないという一〇年間でした。しかし同級生も笑う低所得がさらに四割カットでは大学生と高校生の娘、夫婦の四人家族が生活していけないのは子供でも分かる話です。
 
■組合のない中小企業
減給を告げられた時、私が思ったのは「一〇年以上も理不尽で安月給の会社で、気の短い自分がよく辞めずにがんばった。世の中不況で五〇歳を過ぎた人間に新しい職などまずないと思うが、もともと低所得だしそれくらいの収入ならやる気になればなんとかなる。あと数年で娘二人とも社会人だし。こんな訳の分からない会社は辞めようl というものでした。
その日,帰宅してさっそく妻に相談したところ、しがみついているに値しない会社ではあるが情けのない一方的な減給通告は許せない。辞めるにしろ戦ってから辞めるべきだと私以上の激怒。妻にそう言われても私自身の気持ちは変わりませんでした。ただ会社都合退職にするための会社との交渉をどうしたらよいかのヒントがないかと思い、とりあえずインターネットを検索していて出会ったのが管理職ユニオン・関西のホームページです。翌日、早速電話して組合事務所に行きました。
「退職が前提では会社と戦えない。四割の賃金カットは明らかな不当です。組合に加入して会社と団体交渉をする事をお勧めします」というのが、相談員の方の意見でした。もともと社会的な煩わしい事が嫌いで自分の好きなように生きてきたし労働組合には無縁で何の知識もない人間でしたから、団体交渉とか闘争とか、正直言って難儀やなあ,面倒くさいなあと思いました。辞めるつもりで相談に来たのにどうしようか迷いましたが,「こうなったのも何かの巡り合わせ。いっちょうやるか」とその場で入会しました。すぐに労働組合加入通知書と団体交渉申し入れ書を内容証明で会社に送付しました。中小企業で組合のない会社では経営者に異議を唱えたいと思っても事実上組合結成は難しいし労働者に有給休暇の取得権があったり、会社が残業や休日出勤の手当てを払わないのは違法と言うことなどは知識としてはありましたが、中小企業では仕方のない事だと思っていました。しかし労働法を熟読して、法が全く機能しない独裁国家ではなく、この日本という法治国家に生まれた事を初めて感謝しました。
団体交渉申し入れは、すべてオーナーのツルの一声で動いてきた会社にとって,今まで表立って会社を批判した事もない社員の労働組合加入という造反は、そうとうショックだったよぅです。会長、役員たちが慌ただしく相談し、私に対する脅しと懐柔が始まりました。
「他の社員に言うな」「こんなことやってもムダ」「一〇年以上も勤めて,もめたら退職金はないぞ」「裁判になったら金も時間もかかる。ゆっくりやろう」「団交などしなくてもお互い話し合えば理解し会えるのではないか」「減給ではなく君の奮起を期待しての、歩合給への給与システムの変更である。」「できたら争いは避けたい」などなど。何を言われても私の腹はもう決まっていました。賃金カットというゼ二金の問題から事は始まりましたが、こうなったら問題はゼ二金だけの問題ではありません。不景気な世相に便乗して、自分の意に染まぬ社員を何の根拠もなく排除しようとする無責任な経営姿勢と私自身の生き方との問題です。会社も私の意志を変えられないと感じたようです。
 
■三〇年前の就業規則
団体交渉には会長自身は出ず、会社側は弁護士、総務部長、相談役の三人と組合側は私と組合の交渉担当者二名の間で三月、四月の二回行いました。会社側は当初会長の意見そのままに私に対する批判を主張しましたが、明白な労働法違反と思った弁護士の説得もあったのか減給
は撤回の方向です。ただ今まで誰からも弓を引かれた事のないワンマンオーナーとしては、今回の組合騒動は腹の虫が収まらないのでしょう。今回の騒動に関しては私にも責任の一端がありとして念書を要求されており、弁護士の文案作成を待っている状況です。四月からの減給は団体交渉のお陰で強行されていません。
又組合加入をきっかけに話し合いの前提のために就業規則を請求したところ、二回目の団体交渉でしぶしぶ会社側が提出してきたのはなんと昭和四一年施行の旧いものでした。三〇年以上も前の旧い就業規則で会社が運営されてきたのも驚きですし社員の誰もが見た事もありません。閲覧を要求しないわれわれ社員も無自覚、無知ですが、雇用関係で一番大事なルールを社員に知らしめない会社が数多くあるのが実態です。今回の請求がきっかけで会社は今年四月の労基法改正に則った就業起則を急速作成しています。労基法に則った就業規則を作成して社員に明示し雇用関係においてそれを実行する。それが今回の一件に対するけじめです。
 
■孤独な闘い、でも同じように闘っている仲間がいる
私もそうかもしれませんが、他人の置かれている状況に対して、勇気と想像力を持てる人はごく稀です。自分の身に火の粉が降りかかるまで、動かないのが人の世の常。他の人も不満を持っているからといって同調すると期待しない方がいいと思います。社内での孤独は覚悟する必要があります。解決が長引いて精神的に疲れてくる事もあるようです。一人で闘うのは大変です。そのために個人でも加入できる労働組合の存在意義があると思います。組合には自分と同じようなあるいは自分以上に困難な状況に置かれた仲間が沢山います。そういう仲間たちとの交流を通じて、自分の孤独感や不安感を克服していけるのです。人間一人では生きていけません。孤立ではなく連帯が必要です。ただ自分の問題を解決するのはあく まで自分自身です。
組合は法律的なアドバイスや会社との団体交渉、争議へ地労委、裁判に関するアシストはしてくれますが、戦うのは自分自身です。すべて依存するのではなく自立の意識が大事です。私自身、管理職ユニオン・関西に出会った事は幸運だったと思います。雇用情勢はまだまだ悪化すると思います。自分だけはだいじょうぶと思っておれる時代ではありません。少しだけ勇気を出して労働者として当たり前の事を当たり前に主張してホンネで
生きる。自分の身は自分で守る。そう腹を括る以外にありません。

 
私たちは、あらゆる不公正・いわれ無き格差と戦います。