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リストラを口実に
ビル管理会社事務職勤務大北智子(50歳)
■エスカレートする嫌がらせ
一九九八年一〇月一〇日、理事長からリストラという事で「今年末迄で、辞めて欲しい」と言われた。突然の事で頭の中が真っ白になった。私は、事務職として勤続九年六ケ月がんばってきたのに。
前日の九日に、嘱託の女性事務員(勤続一七年)と仕事上の事で口論となった。どうもその事が引き金となったようだ。以前からその人とは色々な意味で合わなかったので、しっくりとはいってなかった。
事務長が「私が調整するから時間を下さい。この事は口外しないで欲しい」と言われ、私と会社側のパイプ役になるという事だった。(しかし結果的には会社サイドについて私と対抗)それから二ケ月余り、九八年の二一月末に再び理事長から「来年一月末迄で辞めて欲しい」と事務長を通じて言われた。その時は年末で忙しく話し合う時間も無かった。
正月休みに入りずっIとその事を考えてみたものの、納得できなかったので、一月六日仕事初めの日に事務長に「私の解雇は不当ではないですか?」と再三申し入れたが事務長の態度は煮え切らない。
その後、理事長と二回話し合ったけれども決裂したので労働センターに相談、指導を受ける。その際「あなたの場合は、リストラとは言えない」理由として、会社が赤字経営ではない。対象が私一人である事、従って不当解雇になる。裁判を起こせば絶対に勝てると言われ、強い味方を得て心強く思った。その後、会社では理事長からの「いやがらせ」とも思えるような行為がエスカレートするばかりであった(後任の事務員を採用して引き継ぎの強要等々-)。
■次は大幅な減給へ
一月二二日再度、労働センターに行き、相談すると係の方に「そういう事態になっているんだったら、組合に加入した方が良いですよ」と言われて、すぐにユニオンへ行き、組合活動の説明を受けたが小さな会社と闘うのもどうかと思って、加入するのを保留して考えてみる事にした。しかし、一月二五日に出勤すると社長に呼ばれて解雇予告通知を渡され大きなショックを受ける。その日の午後、再びユニオンへ、そして組合に加入して会社と闘う事にした。
書記長から早い方が良いと言われてすぐに団交の申込をした。それを翌日、社長に直接手渡した(そ、の時は、随分勇気が要り社長の自宅前をウロウロ)。
しかし意外にも冷静に受取って頂き、その際、私がこのまま黙っては辞めないだろうと思っていたと言われた。
一月二六日より自宅待機となり、毎朝出勤(タイムカードに打刻)して帰る、これがとても勇気の要る事で大変でした。そして二月六日一回目の団交、会社側は解雇の撤回拒否、私の仕事上の事を様々持ち出し(今まで注意された事がない事まで言われて)やり方が汚いと思った。そして二回目の団交で解雇の撤回、職場復帰となったが駐車場の管理が主な仕事となり、その点は随分考えてみたけれどとにかく、一旦、会社へ戻るという事で、二月二五日に自宅待機となってから約一ケ月ぶりに出社した。私を応援してくれる人、そうでない人、問題は残っていますが何とか頑張っています。三月になって、今度は大幅な〝減給〃問題が発生して書記長に相談、近々団交の予定です。
まだまだ前途多難ですがユニオンの方々の援助を受けながら闘っていくつもりです。
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私たちは、あらゆる不公正・いわれ無き格差と戦います。
