 |
裁判で会社復帰
制御装置の設計・製作会社勤務大川夕子(52歳)
■裁判後、会社復帰
一九九八年二月一八日突然の理不尽な解雇通告から一年。私は度重なる解雇要求には聞く耳を持ちませんでした。裁判でハッキリしたほうが良いと言う社長の発言で裁判所に提訴し仮処分の判決で勝利しました。判決の翌日に会社側の復帰依頼で会社に戻る事になりました。
裁判後、会社復帰する事は珍しいようです。その数少ないケースを毎日、変化と刺激でもって体験しています。
会社では、私にできる仕事は全くさせてもらえず、新しく覚えなければならない製造の作業に関して、「態度が気に食わない」「考えかたが違う」という理由で、「喋りたくない」とか「絶対教えたらへん」等と言われ、離れた所に座って一日を過ごしています。はじめは仕事がない時のように、本を読んでいたのですが、社長に「皆、仕事をしているから、本読んだらあかんぞ」と禁止されました。そして、次は文字を書いていたら「いろんな事を書いて組合活動をしている」と告げ口されました。就業時間中に書く事があれば、日報に書けと制限されてしまいました。
仕方がないので、以前書いた二冊のノートを見て過ごしていたのですが、今日も昼過ぎに「あんた-寝とるん-・舟こいでるやない-・それはあんまりやないか、皆仕事してるのに」と大声で言われてしまったのです。そして、仕事を教えてもらえないのも、指示されないのも私の責任なのだそうです。社長が「教えてくださいとお願いしてみろ」と言い、最近では「お前の
態度が悪いから、皆、気を悪くしている。お前の態度が改まり、皆が教えても良いと思うまでそのままでおれ」と勝ち誇ったように言ったのです。部下に楯びた態度しかとれず、同調する卑怯なやり方をするのです。
私は少し神経過敏症気味なところがあり、暑さ寒さに弱いのです。以前は二階の事務所にいたので二階作業場の夏・冬の異常な気温は知っていましたが、今度その作業場で過ごすとなると大変です。床はコンクリートで頭寒足熱ではなくて、頭熱足寒なのです。足には懐炉を入れ、スノーブーツをはいて保温していますが、頭の方は暑くてボーとなり、気持ち悪くなります。エアコンの設定温度は三〇度です。他に強力タイプの石油ストーブもあり、女性は一人一台のストーブを確保しています。エアコンの温度を微調整したら「ワガママ」「何年もこれでやって来たのに勝手や」「自分オンリーや」と言われたのです。去年の晩秋、私が資材担当の時に使っていた電気ストーブのある場所を聞いたら「今、景気が悪くて仕事が無いのに、電気代が掛かる」と言った人達とは思えない態度と言葉です。表向きはこんな事でシカトされているのです。
それに加えて、しばらく休んでいた古参の事務員が二一月始めから出社してきました。この事務員は弱者を装い陳述を限りなく書いた策略家です。この古参の事務員と、製造でいつの間にか上司となり,社長が説得できない程の発言力を持った同僚との二人が、結託を始めました。
彼らには,私が団体交渉を要求している事が理解できないのです。会社の好意、温情によって職場復帰し,他に仕事が無いのに感謝もせずとんでも無い要求を出し、また、裁判までしているというのが社長と他の社員の考えです。私の立場など全くわがままとしか見えず、何かと言えば子供の喧嘩みたいに「嘘つき、嘘ぽっかり」などと曝します。
■長引く団体交渉
現状は定石通り、戻ってもなかなかうまくいきません。戻るに当たり、きちんと双方の合意を持つ場がなかったためです。復帰事項についての示談は、会社側の弁護士解任で振り出しにもどってしまいました。度重なる団交拒否のまま、一方的出社命令がでた九八年九月一〇日から、もはや半年がたちました。一〇月一日に大阪地方労働委員会に団交拒否に関する不当労働行為の申し立てをしていますが、なんだかんだと社長が長引かせてまだ審問が続いています。
とにかく、きっちり団体交渉をもつする事がさしあたっての目的です。
|
| |
私たちは、あらゆる不公正・いわれ無き格差と戦います。
