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合併による大幅人員削減
通信機器会社勤務星口和夫(47歳)
■合併による人員削減
高校三年になる子を持つ四七歳です。五月二八日、私の会社でも、とうとうその日がやってきました。社内には大きく分けて音響事業部と通信機事業部の二つがあります。そしてこの不採算部門の通信機事業部を切り離し、七月一目より今までの競争会社であったY社と通信機販売会社を作りスタートするということでした。こちらから221人、Y社は35人合計166
人体制という配分です。そして全員転籍という条件でした。
六月十一日、私は新会社には採用しないと面接で言われました、何の知識もない私は会社都合による失業で最大二四〇日の失業手当てをもらいながら、その間に新しい仕事を見つければよいと簡単に考え、二十二日、旅行会社に行ってハワイ旅行を申し込みました。その帰り道の本屋にて本を買い、ページをめくるうちに前日、朝日新聞に載っていたリストラ対策の記事を思い出しました。
それは管理職ユニオン・関西が行う、 〝倒産、リストラ、職場いじめホットライン〃で、会社の倒産やリストラで職場を奪われた人の電話相談に応じると書いてありました。そして翌日に電話で、私のような年齢では、たとえ退職しても就職は非常に難しく、今の会社にへばり付いていた方がよいという、わかり易いていねいなアドバイスを頂き、非常に勇気付けられました。
■会社への意思表示
神奈川で二人、名古屋で一人、福岡にも一人、私と同じ立場の社員がいました。名古屋と福岡の二人は覚悟を決めていて会社都合による退職で話を進めていました。残る神奈川二人と私は白紙撤回を申し入れました。これは〝管理職ユニオン・関西″ の助言があったからです。
二十三日、新会社へ転籍の決まっている人事部長に、私の条件として子供が大学卒業するまでの補償を提示しました。この話し合いの中では、たぶん向こうは出せないだろうと思っていたら、やはりこの件に関しては今の会社と交渉してほしいということで終わりました。
二七日、朝早く〝管理職ユニオン・関西〃に行き、過去の活動経験を交えて私のこれからの取るべき行動について一対一のアドバイスを頂きその場で組合員になりました。
六月三〇日、いよいよ会社の人事部長と話し合いを始めました。それは私が会社を辞めないという意思を再確認するための時間であり、それを確認したら明日からは新しい配属が決まるまで自宅待機と命じられました。辞令は、子会社に出向し今まで下請けに出していた仕事を大阪で行うということでした。出向にためらいはありましたが、ここで手を打ちました。この間、辞令がでるまで、何の知識もない私でしたがこの一ケ月の出来事は忘れることはないでしょう。
神奈川の二人も私と同じ出向の扱いになりました。振りかえるとハワイ旅行のキャンセル料は損をしましたが、子供も大学が決まり「管理職ユニオン・関西」に巡ぐりあえて今は感謝しています(働く元気のある労働者は自分の要求はしっかり提示しましょう)
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私たちは、あらゆる不公正・いわれ無き格差と戦います。
